あなたが社長になることを目指しているのなら、自分や家族以外の人を労働者として使うこととなるでしょう。そうなると、労務管理を学ぶことが必須です。
そして、労務管理を確実に行うことが健全な会社の作り方につながるのです。 労務管理と聞いて、すぐ「労働基準法」を思い浮かべる方が多いでしょう。もちろんそれも大事ですが、社長になるには他にも多くの法律に精通している必要があります。
とはいえ、労務管理に関する法律は100を越え、そのすべてを把握するのは無理でしょう。
この記事では、社長になるあなたが最低限おさえておくべき、5つの労働法について解説していきます。そして、それを理解することは、せっかくあなたが心血を注いで育てた社員があなたの元から逃げ去ってしまわないために絶対に必要なことなのです。
労働基準法
とっても大事な労働基準法
どうしても法律を勉強する時間がない人でも、社長になる前にこの労働基準法だけは今すぐにでも学びましょう。学生時代に学んだ人も、復習の意味で学び直して下さい。なぜなら労働基準法は労務管理における憲法のような存在だからです。
労働基準法でこの5項目はおさえよう
労働基準法では、とても多岐にわたることが書かれています。その全てが社長になる人にとって大事なのですが、特に知らないことでトラブルになりやすい、労働条件に関する下記の5項目はよく知っておきましょう。
①採用・解雇について
労働基準法第2条で、まず 「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(使用者=社長と考えて下さい)と述べられています。 つまり、社長が一方的に労働条件を決めることは本来禁止されているのです。
ですので、社員を採用するときには慎重を期す必要があります。
また、解雇するときには、理由なく解雇してしまうと、あなたが訴えられてしまうこともあります。
さらに労働基準法第20条には解雇するとき、 「少なくとも30日前にその予告をしなければならない」 と述べられています。特に最近は「不当解雇」で50~100万円の慰謝料を支払うケースもあるぐらいです。
そのようなケースを防ぐために、社員一人一人について、管理日誌をつけておくと良いでしょう。適切な労務管理ができるだけでなく、もしその社員を解雇して訴えられたときに、正当な解雇理由を立証する根拠になりえます。
②労働時間について
労働時間については、近年厳しくチェックされるようになってきました。
1947年の労働基準法改正で週48時間が最長労働時間でしたが、段階的に引き下げられ、現在は週40時間までとなっています。
また、残業についても減らされる傾向にあり、さらに有給休暇の取得も労働者がとりやすいように変化しつつあります。
さらに、不況により労働基準法を違反して長時間労働をする会社が増え、社会問題化するケースが増えたこともあって、世間の目も厳しくなっています。
例えば、時間外労働が月250時間超の上、過労死した「JR西日本過労死事件」や外食チェーン店ワタミで入社後わずか2カ月の新入社員が命を絶った「ワタミ過労自殺事件」などの社会的インパクトは大きかったので、労働時間については遵守すべきです。
ただ、あまりに労働者に配慮しすぎると、新入社員がいつまでもだらだら仕事をして成長しなかったり、中堅社員が効率的に手を抜いて仕事をしたふりをするようになったりということも起こるかもしれません。労働効率を高める才覚も、社長になるあなたに求められます。
また、「フレックスタイム制」を導入することで、残業を避けながら、個人が効率的に時間配分を行うことが可能になります。ただし、労働者がスケジュールを自己管理する能力があることが前提になっています。
③休日・休暇について
労働時間とセットになりますが、休日や休暇についても気を配りましょう。業種にもよりますが、原則として週休二日制をとらなければなりません。
フレックスタイム制や交代制の場合など様々なケースがあるため、一概に週二日休ませれば良いというわけではありません。 ここで、「36(さぶろく)協定」を知っておくことは正しい会社の作り方につながります。
これは簡単に言うと、労働基準法第36条で労働時間を延長できる限度を定めたものです。具体的には下の表の通りです。
1週間 | 15時間 |
2週間 | 27時間 |
4週間 | 43時間 |
1ヵ月 | 45時間 |
2ヵ月 | 81時間 |
3ヵ月 | 120時間 |
1年 | 360時間 |
これは「やむを得ない時のため」に使用するものですので、乱用してはなりません。
④賃金について
労働者との間で一番トラブルになりやすいのが、賃金についてでしょう。
労働者はできる限りたくさんのお金が欲しいでしょうし、使用者であるあなたはなるべく人件費コストを抑えたいことでしょう。
賃金については、上限は特に定められていませんが、下限については最低賃金法に定められています。これは都道府県ごとに異なり、毎年数円ずつアップしています。ですので、年度ごとに賃金の見直しを行う必要があります。
最低賃金は時給ですので、出来高払いなどの場合はちょっと複雑な計算が必要になります。
例えば、住宅を建てる場合は工期も長く、工事の出来高払いが一般的です。一例として、「着手金」「中間金」「残代金」で3分の1ずつ支払われます。
その場合、 賃金総額÷のべ総労働時間で計算し、それが最低賃金を上回っていれば良いのです。
例)賃金総額1000万円÷のべ総労働時間10,000時間=1,000円の時、最低賃金が1,000円以下であれば良いのです。
⑤年少者・女性労働者保護について
児童労働、女性労働についても労働基準法に規定があります。子どもを働かせることは、芸能人など限られた職種を除いて禁止や制限されています。
また、第4条で男女同一賃金が規定されているなど女性労働者が保護されています。 また、男女雇用機会均等法では女性という理由で就職を拒否されないように保護されているので、これも余裕があれば学んでおきましょう。
ブラック企業と呼ばれないために
これら①~③を違反してしまうと、「ブラック企業」の烙印を押されてしまいます。そうなると、イメージ回復にはとてつもない努力が必要となります。「自分は大丈夫」と油断すると危険です。日本式の労務管理が、実はブラック企業を容易に生みやすくなっているからです。なにより、一緒に働いている仲間から訴えられるなんてさみしいことですよね!
豆知識 社長のあなたに労働基準法は適用される?
ちなみに、社長(使用者)であるあなたには、労働基準法による保護はうけられません。また、役員や家族(あなたの奥さんなど)にも適用されないのです。ですので、独自に民間の生命保険に加入するなどしなければならないのです。
労働安全衛生法
安全管理
労働安全衛生法は、危険物を扱ったり、重機など事故発生率が高い機器を扱ったり、高所など危険な場所で作業する労働者を保護するために、安全管理について様々な規定を設けた法律です。「従業員が300人を超える建設業や石油製品製造業」など一定の要件を満たす場合「安全管理者」を専任することによって、事故を防ぎ、病気を予防する義務があるのです。
衛生管理
また、職場の衛生や疾病の予防のために、「常時50人以上の労働者を使用する一定の事業場」などに対し「衛生管理者」を専任する必要があります。また、飲食店を開店する場合には、「食品衛生責任者」が最低1人必要になりますので、食品関係の衛生には特に神経をとがらせましょう。
労働者災害補償保険法による保護
いくらあなたが安全管理、衛生管理に力を入れても、それだけで全ての事故や病気が防げるわけではありません。また、通勤中の事故などは予防するにも限界があります。そこで、「労働者災害補償保険法」という法律で労働者保護がなされています。この法律はたとえアルバイトでも加入する義務があるものですし、社長であるあなたが100%保険料を負担する義務があります。
雇用保険法
失業者の所得保障
以前は「失業保険法」と呼ばれていたこの法律は、労働者が失業した場合に給付される、失業者の所得保障の法律です。近年、アルバイトやパートタイム労働者も、一定の条件を満たせば加入する義務がある場合や、アルバイト・パートタイム労働者が希望すれば加入しなければならないようになってきましたので、知っておくべきでしょう。
失業者の所得保障
もしかしたらあなたは「なぜ会社をやめる社員の生活保障まで自分が負担しなければ?」とお考えかもしれません。でも、雇用保険には下記の3つの社会的意義がありますので、必要なのです。
少子高齢化対策
2016年1月29日に雇用保険法が改正されましたが、これは出生率の低下や介護離職を防ぐために保険料率を引き下げたり、再就職の促進を図ったり、65歳以上新規雇用者を雇用保険の対象に加えるなどの内容です。
不況対策
長引く不況により、就職したくてもできない「ニート」と呼ばれる人が増えています。その多くが貧困状態にあるといわれ、大きな社会問題になっています。雇用保険は、職業訓練などを促進することで、多くの失業者に雇用機会を与えているのです。
雇用の流動化対策
会社の平均寿命が30年を切る現在、「新卒で採用されたら定年まで安泰」というのは幻になりつつあります。中途採用がごく普通になり、さらに外国人労働者の流入もあるなかで、よりスムーズな雇用がなされる必要があります。
そのために、雇用保険を利用し、職業安定所で仕事を求めることが社会的に大きな役割となっているのです。
健康保険法
こんなときに必要!
「健康保険法」は、業務外の病気、ケガ、出産、死亡などの時に保険給付があるものです。社員とその家族が対象になります。名前が似ている「国民健康保険法」は自営業者やアルバイト、パートタイム労働者などが対象となりますので、その区別は知っておきましょう。
病気・ケガのとき
業務外で病気になったりケガをした場合は、健康保険が適用されます。「傷病手当金」というものが支払われるのですが、診療報酬というものが基準になります。
あなたの社員から、「医療費が高すぎると思うんですけど」など相談を受ける場合もありますので、知識として知っておきましょう。
出産したとき
あなたや家族が出産された場合、出産手当金(1日につき、標準報酬日額の3分の2)、出産育児一時金(42万円)が支給されます。出産によって生活が困らないようにとの嬉しい配慮ですね。
死亡したとき
また、本人や家族がなくなったときに、埋葬料(5万円)が支払われます。これはあくまで一時金ですので、次の厚生年金保険でより手厚い保証が得られます。
健康保険組合について
健康保険には、必ず支給しなければならないと定められている法定給付と、法定給付に加えて健康保険組合が独自に給付する付加給付があります。ただし、被保険者が常時700人以上などの場合に作ることができるものですので、これから社長になるあなたにあまり必要ないかもしれませんが、知っておくと後々役に立つことでしょう。
厚生年金保険法
3種類の保険給付
厚生年金保険は大きく3つの保険給付があります。「老齢厚生年金」「遺族厚生年金」「障害厚生年金」です。いずれも、大事な社員やその家族の将来のためにとても大事な補償です。
国民年金よりもお得!
厚生年金は、国民年金よりも厚い保証が得られます。国民年金も「老齢基礎年金」「遺族基礎年金」「障害基礎年金」が得られるのですが、比較するとその違いがよく分かります。3つの保険給付ごとにどれだけお得なのか比較してみました。
老齢厚生年金と老齢基礎年金
老齢厚生年金 | 老齢基礎年金 | |
受給資格 | 一ヶ月以上加入 | 25年以上加入 |
受給開始 | 60歳~65歳(誕生日による) | 65歳から |
もらえる年金 | 老齢厚生年金+老齢基礎年金 | 老齢基礎年金のみ |
遺族厚生年金と遺族基礎年金
遺族厚生年金 | 遺族基礎年金 | |
受給資格 | 保険料納付済期間が、国民年金加入期間の3分の2以上あること | 保険料納付済期間が、国民年金加入期間の3分の2以上あること |
受給開始 | 亡くなったとき | 亡くなったとき |
もらえる年金 | 遺族厚生年金+遺族基礎年金 | 遺族基礎年金のみ |
受給対象 | 右に加えて、妻、55歳以上の夫、父母など | 「18歳未満の子」か「18歳未満の子と妻」のみ |
障害厚生年金と障害厚生年金
障害厚生年金 | 障害基礎年金 | |
受給資格 | 保険料納付済期間が加入期間の3分の2以上ある+厚生年金加入期間中に初めて受診 | 保険料納付済期間が加入期間の3分の2以上ある |
受給開始 | 1級から軽度の障害まで | 1級、2級障害のみ |
もらえる年金 | 障害厚生年金+障害基礎年金 | 障害基礎年金のみ |
金額が大きい
例えば老齢基礎年金は平成27年4月分の場合、 一律780,100円(満額)となります。
ところが、老齢厚生年金は、厚生年金加入者の平均標準報酬月額によって異なります。
基本的に在職中の給料が高いほど大きな金額になるのです。これは、遺族厚生年金についても同様です。
アルバイト・パート・契約社員にも加入義務あるの?
以上の法律は、アルバイトやパート、契約社員にも加入義務はあるのでしょうか?
まず、労働基準法は、家族や役員でない限り、全てに適用されます。
労働者災害補償保険も全てが対象です。
労働安全衛生法(健康診断)・雇用保険法も、正社員とほぼ同じ業務をこなすケースも近年増えているため、適用対象になる対象が増えています。
健康保険と厚生年金保険については、概ね正社員の4分の3以上の労働期間または労働日数がある場合、対象にすることができます。
まとめ 社長になるあなたが負担する金額一覧
最後に、各保険で社長になるあなたが社員のために負担する金額についてまとめました。これを守らないと、法令違反になる可能性がありますし、何より大切な社員に万が一のことがあったときに適切な補償がされないこともあり得ますので、確実に守りましょうね。
保険負担割合 | 会社負担保険料 | |
労働者災害補償保険 | 全額会社負担 |
賃金総額 × 労災保険料率 ( 下記参照) |
定期健康診断 | 原則として会社負担 | 診療内容による |
雇用保険 | 半額強負担 | 賃金総額 ×0.85~1.05% |
健康保険 | ほぼ半額負担 | 標準報酬×9.97% |
厚生年金保険 | ほぼ半額負担 | 標準報酬×17.474% |