経営者の10の条件!あなたの性格や資質・心得は合ってる?

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By: Search Engine People Blog

「自分には経営者としての適正があるだろうか?」

そんな疑問に、多くの経営者またはこれから経営者になろうとする人が必ず悩むでしょう。どんなに努力しても、そもそも経営者として適していないと無駄な努力に終わってしまうかもしれません。ですので、あなたの性格や資質・心得が経営者として適しているかどうかを探ることが大事です。

実は多くの優れた経営者は、過去の歴史を非常に好んで学びます。その中で自分の取るべき道を学び続けるのです。この記事では、優れたリーダーシップとはどのようなものかについて語られた古代の教え、儒教をもとに、経営者に必要な10の条件をピックアップしました。それをもとにあなたが経営者としてリーダーシップを発揮できるか、様々な面からチェックしてみてください。

さらに、儒教にあまりなじみがないという方にも理解が進むように、「南総里見八犬伝」など日本の有名な歴史や小説についてもとりあげています。

儒教の教えについて

儒教の概略

儒教の生まれた時代

儒教とは、孔子が紀元前の春秋戦国時代に考え出した思想です。三國志よりもさらに昔の中国、日本ではまだ卑弥呼すら登場していない時代のことです。日本を含め、東アジア全般に大きな影響を与えている思想で、多くの流派も生まれています。

論語

孔子が説いた儒教の教えで最も有名なのが「論語」でしょう。教科書にも論語の教えは多く引用されているので、日本人で論語を知らない人はほとんどいないでしょう。優れた経営者の語るインタビューなどの言葉にも論語が多く引用されています。

最も有名なものの一つが、第二篇「為政」に収録されている以下の教えでしょう。

“子曰(のたまわ)く、 吾れ十有五にして学に志ざす。

三十にして立つ。

四十にして惑わず。

五十にして天命を知る。

六十にして耳従う。

七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。”

経営者が自身の人生と重ね合わせて「私も30歳で会社を起業しましてね」、「40歳を過ぎてから迷うことなくビジネスに情熱を燃やすことができるようになりました。」などとこれらの言葉を引用するのは定番ですので、あなたもぜひ使われるべきでしょう。

五常について

数多い孔子の教えを全てこの記事で紹介することは不可能ですので、経営者に役立つ特に有名な概念のみをご紹介します。儒教で重視していたのが「五常」と呼ばれます。以下の経営者の条件でも述べている「仁、義、礼、智、信」がそれに当たります。この5つは、親子関係、夫婦関係、年功序列などについての教えです。

現代の日本社会では自由主義、個性主義がすすんでいます。それが必ずしも悪いことだとは言いませんが、あまりにそれがあまりに進みすぎると、先輩や年長者をないがしろにする風潮がひろがってしまいます。また、日本が得意としていた規律の良さも失われてしまいます。経営者として謙虚にこの「五常」を学ぶべき理由はここにあります。

十徳について

この記事では、上記の「五常」に加え、「忠、孝、悌、勇、和」の5つを加えた「十徳」をもとに、経営者としてリーダーシップを発揮する条件をまとめました。「五常」が直接的なリーダーシップであるのに対して、「忠、孝、悌」はどちらかというと従属者としての考え方ですが、経営者も株主やお客様に従属することがありますのでとりあげました。また「勇、和」も経営者の資質を探る上で大事な概念です。

南総里見八犬伝

日本においても、江戸時代に滝沢馬琴が書いた「南総里見八犬伝」にこの教えが取り上げられているので有名でしょう。1983年には薬師丸ひろ子さん主演の「里見八犬伝」という映画が公開され、大きな話題になりました。その中で、8人の勇者がそれぞれ「仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌」の玉をもって、姫のために活躍します。この話が日本で受けいれられていることは、儒教が日本で古くから親しまれている教えである証拠でしょう。

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それでは、以下で10のキーワードをもとに、具体的にあなたの経営者としての資質をチェックしていきましょう。

「仁」:思いやりの心、情けは人のためならず

「仁」は最も大事な教え

孔子は「仁」を最高の徳目と考えていました。「仁」は説明するのが非常に難しい概念です。「思いやり」「優しさ」「親愛」などと説明できますが、人間として本来持っている心、なのです。 例えとして、「井戸の中に落ちようとしている赤ん坊を無意識に助けようとする心こそが仁である」、と、孟子は述べています。

最重要である「仁」は、他の徳目の基盤になるようなものですので、「仁」は経営者として当然身につけるべきものであると考えましょう。それが無理なら経営者として従業員をまとめたり、顧客サービスを行うことはまず不可能です。

キリスト教の「愛」との共通点

キリスト教においても、聖書で「愛」を最大のテーマとしてとりあげています。論語は宗教ではないため、神の愛ではなく、人への愛をテーマとしているという違いはありますが、同じような考え方といって問題はないでしょう。

南総里見八犬伝における「仁」

南総里見八犬伝において儒教で最も大事な「仁」の玉をもったのが犬江新兵衛でした。映画版では主人公となっています。そして、「仁」のことを「人を愛する心」だと語られていました。経営の世界には争いやだましあい、裏切りなどはつきものかもしれませんが、だからこそ「仁」の心は忘れてはならない、ということだと理解しましょう。

「仁」が経営者にとって必要な理由

企業経営は競合他社との競争です。それにも関わらず、なぜ「仁」が一番大事かおわかりでしょうか?それは、競争の場であるからこそ必要なのです。いささか逆説的に思われるかもしれませんが、サッカーにたとえるとわかりやすいかもしれません。サッカーというスポーツは、相手チームよりもたくさん点を取る競技です。でも、そのために反則を繰り返すとイエローカード(警告)、さらにはレッドカード(退場)となってしまいます。そうではなく、フェアプレイに徹するとサッカー選手としての評価が高くなります。

「仁」を重んじた経営者「松下幸之助」

パナソニックの創業者松下幸之助さんは、特に「仁」を大事にした経営者です。そのことを象徴する言葉を一つとりあげましょう。

“経営者にとって大事なことは、何と言っても人柄やな。 結局これに尽きるといっても、かまわんほどや。 まず、暖かい心というか、思いやりの心を持っておるかどうかということやね。”

これがなぜ大事かは従業員の立場に立ってみればすぐにわかることですね。社員を使い捨てのこまにするような経営者につかえたいと思うでしょうか?

「厳」とのバランス

経営者には、「厳」つまり厳しさや非情さが求められることもあります。リストラ、給与カット、ミスをしたときの叱責などです。しかし、「仁」と「厳」は両立します。優れた経営者を目指すに当たって、いかに「仁」と「厳」のバランスを保つかが大事です。

部下を注意するときのテクニックを一つお教えしましょう。それは「サンドイッチ方式」という方法です。やりかたは簡単です。例えば部下が仕事でミスしたときに、まずは部下の仕事の成果をほめます。次に仕事のミスについて厳しく注意します。最後にまた部下に対する励ましの言葉をかけるのです。そうすることで部下に不快な気持ちを抱かせることなくミスを指摘できるのです。

「義」:筋が通っているか、ビジョン

 

「義」は日本人が好む言葉

「義」とは正しい道

「義」とは正しい道を歩むこと、道理を大事にすることです。日本には古来から「お天道様は見ている」という考え方が浸透していました。人に隠れて悪いことをしようとしても、お天道様はお空の上から見通しというわけです。本当にそのような考えをもっている経営者であれば、こそこそ汚職や横領などはしないでしょう。

「義理人情」と経営者

優れた日本人経営者で「義理人情」を大事にする人はとても多いです。合理性を重んじる欧米のように少し経営難になると簡単に従業員をリストラするのでなく、経営が傾いても従業員の生活と所得は守る、そんな義理人情の心は日本人の心に深くなじんでいる考えです。

「義」を使った言葉は多い

日本語には「義」を使った言葉は多く、しかも好ましい意味で使われます。「正義」「義理」「仁義」「義勇」「意義」「義務」「忠義」などです。日本人が、正しい道を好むことを象徴しています。優れた経営者として有名なソフトバンクの孫正義さんにも「義」の字が含まれていますね。

判官贔屓(ほうがんびいき)

また、「義」がついている偉人として、判官贔屓で有名な源義経がいます。平家を滅ぼした最大の功労者でありながら、兄の頼朝にうとまれて逃げた末、自刃してしまいます。その源義経の生き方も、正しい道を追い求めようとした「義」の生き方を貫いた偉人ということで多くの日本人に愛されているのでしょう。

キリスト教における「義」

余談ですが、キリスト教では「義」は「罪」の対立概念とされています。誠実さ、偽りのないさまをあらわしています。経営者として欧米人と交渉することもありますし、相手がキリスト教徒である可能性は高いですので、そのような知識ももっておくといざという時に役に立つ豆知識かもしれません。

「義」が経営者にとって必要な理由

「義」は「仁」より社会規範的

「仁」、つまり優しさもとても大事ですが、経営をしていくうえではそれ以外にも様々の大事な要素があります。それは社会規範です。つまり、「こうあるべき」という概念です。経営者として、会社にどのような理念をもたせるかはとても大事なことです。会社にとって一本筋がとおっていることが大事なのです。それこそが「義」なのです。

利欲にとらわれない心

過去の優れた経営者のうち、利欲におぼれて失敗した人はたくさんいます。利欲にとらわれてしまっては、あなたがそれまで経営者として築き上げたものが全て失われてしまうかもしれません。

利欲にとらわれて「義」の心を失った例として、大王製紙の元会長が会社の大事なお金をマカオのカジノにつぎ込んでしまった事件がありました。その懺悔録が出版され、大きな話題になりました。

「熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録」

日本でもカジノ法案が可決され、新たな公営カジノが増えることが確実視されていますので、利欲にとらわれない「義」の心はこれからの日本でますます重要です!

「義」を重んじた経営者「本田宗一郎」

「義」を大事にした経営者として、「ホンダ」の創業者、本田宗一郎さんをあげましょう。本田宗一郎さんは従業員から親しみをこめて「オヤジ」と呼ばれました。家族に近いような関係性が築けていたのでしょう。一方、「オヤジさんは怖かった」とも述べていたそうです。サザエさんに出てくる波平さんのような厳しい「雷親父」のような存在だったのでしょう。

もちろん本田宗一郎さんはただ厳しいだけでなく、部下に対して本当に親身になって接していたそうです。正しい道を貫いた経営をしたからこそ、多くの部下がついてきたのです。あなたも部下に対してプライベートも含めて親身になって接することは明日からでも始めることができます。「雷親父」になることを薦めるわけではありませんが、少々厳しく接しても関係が崩れない「基本的信頼関係」を築くことはお薦めします。

「礼」:大物ほど礼儀正しい

「礼」は働きやすい職場につながる

「礼」は伝承される

近年の敬語の乱れや若者のマナー違反は目も当てられない社会現象になっています。でも、それは見本となる大人の責任が大きいです。もしもあなたの職場で言葉遣いや礼儀が乱れてしまっていたら、それは経営者であるあなたの責任になります。

それは、トップの行動や言動は下の方に伝わるからです。さらに言えばトップは下位の者に「礼」を伝える責任があるからです。家庭で礼儀作法を教える文化は廃れていますので、なおさら会社において「礼」を教育する必要があるのです。

「礼」の本当の意味

「礼」とは行動や言動、服装などについて取り決め通り行うことです。会社であればスーツ着用、ビジネスマンらしい言葉遣いをするということなどです。そして、「礼」の本当の意味とは「仁」を具体的な行動として表わしたものなのです。清潔感あふれる服装やていねいな言葉遣いは、それ自体が目的ではなく「仁」つまり相手に対する思いやりの心を行動に表すことだと理解しましょう。

そのことを忘れて形式的な「礼」を従業員におしつけてもうまくいかないでしょう。「礼」は「仁」を具体的な行動である、この考え方は研修においてもOJTにおいてもくりかえし伝えるべきことなのです。

「礼」が経営者にとって必要な理由

大物ほど謙虚

礼儀ってなんであるんだろう、という疑問はだれしも持っていることと思います。しかし、そこには深い意味があるものです。儒教的な考え方で「礼」とは、「仁」を具体的な行動に落とし込んだものだととらえています。その考えは大物経営者であればあるほどよくふまえています

20世紀末、空前のバブル経済で多くの経営者が巨万の富を得ました。そして、その多くがバブル崩壊により資産の大半を失いました。そのときに生き残った経営者の特徴は「礼」をわきまえていたことにあります。「仁」つまり思いやりの心もなく、「義」つまり正しい道理よりも利欲を追い求めた結果、無茶な投機にはしった経営者の例は反面教師にすべきでしょう。

荀子の教え

儒学者であった荀子は、特に「礼」を重視したことで有名です。荀子の考えは「性悪説」にたっています。そして、「人間は終生学び続けることによって自らを改善すべき」と述べています。荀子の考えは国を統治するリーダーとしての教えですが、それは経営者にもそのままあてはまります。

人間はどうしても怠け心が働くことがあります。「礼」がない環境だと仕事をできるだけ手抜きしようとしてしまいます。最近ではスマホのアプリでゲームすることもできますので、仕事するふりをしてさぼることも簡単になっています。だからこそ、従業員を締め付けすぎない程度で礼儀を教えるのは大事なのです。

「礼」を重んじた経営者「安田善治郎」

安田銀行(現・みずほファイナンシャルグループ)の創始者である安田善治郎さんは「礼」を非常に大事にした経営者です。彼の特徴は、「陰徳を積む」ことにあります。つまり、自分の手柄や功績を威張ることなく、あくまで謙虚であったのです。近代の混乱期に苦労して安田銀行を育て上げながら、その生活は非常に慎ましく質素で、周囲からは「ケチ」だと誤解されたぐらいです。

「陰徳を積む」方法はいろいろあります。慈善団体や環境保護団体への寄付、途上国に小学校を作る、医療支援、ホームレス支援、地域再生事業などなど。イメージとしては「あしながおじさん」です。

銀行王 安田善次郎: 陰徳を積む (新潮文庫)

「礼」を大事にしている経営者の意外な特徴

ここで一つ、「礼」を大事にしている経営者の特徴をあげましょう。それは、「掃除のおじさん・おばさんを大事にする」です。もちろん掃除以外の下働きをしている年長者であっても同様です。

ある人が某会社の社長に面会しようとその会社を訪れたときに、掃除をしているおじさんに対して「こんにちは、大変ですね」というねぎらいの言葉をかけている年配の男性を目撃しました。たぶんこの会社の平社員だな、と思って見ていたのですが、社長室に通されるとなんと、掃除のおじさんに声をかけていた人はその会社の社長だったのです!

もう一つ、ある大学4年生が就職活動の最終面接に訪れた会社のトイレで、トイレ掃除をしているおばさんに対し、「さっさと終わらせろよ、急いでるんだよ!」と暴言をはきました。さて、その学生が最終面接で社長と面接を終え、最後に「君は今日、トイレで掃除をしているおばさんに暴言をはきませんでしたか?」と問われ、真っ青になったそうです。まさにお天道様は見ているのですね。その学生が採用されたかどうかは言うまでもないでしょう。

「智」:頭の回転・機転・戦略眼

「智」とは「知識」ではなく「智恵」

「智」は「智恵」のこと

日本の学校教育では、多少改善されつつあるものの、相変わらず暗記中心になっています。そうすることで「知識」は身につきますが、「智恵」は必ずしも身につきません。そして、「智」とは「智恵」のことなのです。「智」は頭の回転の速さ、機転がきくなどのことをさします。つまり、経営者としていくら知識があっても、それを使いこなし具体的な行動に移せなければ意味がないのです。

「智」と判断力

知識ばかりあっても仕事ができないと「頭でっかち」という烙印を押されてしまいます。ましてや経営者がそのような状態では、会社にとって致命的です。特に現代社会ではiPadなどをもってGoogleで検索するとたいていの知識は数秒で検索できてしまいます。学校教育で学んだことをただ引き出すだけなら、コンピューターに任せられるのです。そうではなく、人間にしかできない「考えを行動に移す」能力を育まなければならないのです。

大事なのは学問にはげむこと

「智」を高めるには、学問にはげむことが大事です。ところが現代の学校教育では受験対策のための暗記中心からなかなか抜け出せずにいてあまり意味がないようです。では、なぜ学問が大事なのでしょうか?それは、物事を考えて判断する基礎を学ぶ必要があるからです。暗記が不要なわけでなく、それを使いこなすことが大事なのです。たとえば、いくら電卓などで計算できるとはいえ、せめて九九ぐらいは暗記しておかないと仕事にならないですよね。

「智」が経営者にとって必要な理由

戦略眼を磨く

経営者として、企業を正しい方向に導かなくてはなりません。従業員は日々のノルマ達成にせいいっぱいかもしれませんし、重役も社内での調整で全体を見渡すまでに至らない場合もあります。やはりトップが正しい戦略を見いだす必要があるのです。 そして、戦略眼を磨くためには「智」が必要なのです。

古来から優れた為政者はそれなりの教育を受け、それを実践に結びつけていました。儒教もそのひとつです。経営者として最低限「企業理念」を考え出さなければなりません。それを元に全従業員が動くからです。そして、その「企業理念」は、現状維持で容易に到達するものであってはなりません。究極のゴールであるべきです。

結論から導くことが大事

なぜかというと、簡単に実現できる理念だと、手抜きにつながるからです。これまでに述べて「仁」「義」「礼」を実現できるような内容の、壮大な理念を考え出すのです。そのためには過去の歴史を学んだり、現状を分析する必要があります。また、未来予測能力、つまり先見性も必要になるのです。それらを実現するには「智」が必要なのです。

ちなみに、この「結論から導く」ことは、プレゼンテーションにおいても非常に役立ちます。悪いプレゼンテーションの典型は、話があちこちに飛んでしまい結局何が言いたかったのかがわからないということです。そうではなく、まず結論を先に話すのです。そうすることで相手も聴く準備ができ、理解しやすいのです。インターネット化で時代の変化が速くなっている時代、この「結論から導く」ことはスピーディーな取引に必ず役立つでしょう。

「智」を重んじた経営者「小倉昌男」

クロネコヤマトの元会長、小倉昌男さんは、非常に論理的に物事を考え、それを実践に移したという意味で、「智」の経営者といってさしつかえないでしょう。小倉昌男さんは、倫理も重視しながら、それを論理的におとしこむことで、これまでに前例のなかった宅配での配送ネットワークにいちはやく構築することに成功したのです。 小倉昌男さんは「経営は論理の積み重ね」と述べ、その基礎は小学校での算術(算数)にあったと言います。それを基盤にして、経営の成功にまで昇華させたという意味で、「智」の体現者と言えるのです。

小倉昌男著『経営はロマンだ!』

「信」:欺かない、人脈作りにつながる

「信」は誠実さを表す

「信」も日本人好みの言葉

「信」は「義」と並んで日本人に人気の高い言葉です。「信用」「信頼」など様々な使われ方がなされます。「信」は人を信じる心の意味であり、友情や企業間取引を成り立たせる上で絶対に必要な考え方です。人間関係の根本の考え方といっても過言ではありません。

「信」は全ての基本

「信」は生まれたその瞬間から育まれます。赤ちゃんの頃を思い出してください、と言っても覚えていないでしょうから想像してみてください。無力な状態でお母さんに抱かれていますね。つまり、絶対的にお母さんに全てをゆだねているのです。この時期に心理学において「基本的信頼」という、絶対に揺るがない感覚が育まれます。

家族の信頼、友達との友情、さらには商取引も、この「基本的信頼」がベースになっています。お金を支払って商品をうけとる、という単純な商取引も信頼がなければ成り立ち得ません。他人をあざむかないということは、当たり前でありながら絶対に必要な資質です。うそつきの傾向がある方はそもそも経営者として適していませんのでまずはあらためる努力をすべきです。

こわい「村八分」

「村八分」という言葉があります。これは、島国である日本において発展した「村社会」特有のこわさがある言葉です。簡単に言うと、村の掟を破った場合みんなでその人を無視するということです。人間は一人では生きていけませんので、事実上「死刑宣告」にも等しいです。現在でも「村八分」の風習は地方はもちろん都市部でも残っており、さらには学校における「いじめ」にもあらわれています。

「村八分」を肯定する意図は一切ありませんが、「村八分」は他の村民に対する「信」を損なうことで発動します。そういう意味で取り上げましたが、業種によっては談合などで商取引が決まる場合もあり、いったん閉め出されると「村八分」に近い状態になってしまう可能性もありますので、経営者として知っておくべきかもしれません。

「信」が経営者にとって必要な理由

自分の発言は実行する 有言実行

よく政治家が選挙中に公約を発しながら、いざ当選すると公約とは真逆のことを言ったり、公約を一切忘れたかのようにふるまうことがありますが、経営者としてそのようなことをしていてはいけません。選挙は4年後ですが、経営は毎日が勝負ですので、あっというまにあなたの公約違反は責められてしまいます。 ですので、経営者としては「有言実行」が大事なのです。

そして、誤解を恐れずに言えば多少の「ほらを吹く」ことが経営者には大事です。これは、最初から相手を欺くことではありません。そうではなく、例えば「地域の人々全てに幸せを届けます」というようなことを言い、その実現に向かっていくのです。もちろん全ての人を幸せにするというのは抽象的であり、完璧に実現するのは不可能でしょうが、それは「信」を損なうことにはならないのです。

約束を守る

約束を守ることはとても大事です。とても多忙でもうかっている経営者は、非常にハードなスケジュールでありながら相手との約束は必ず守りますし、遅刻なども基本的にしません。徹底した時間管理も行っています(それについては以下で述べます)。もし「いまいちもうかっていないな」と感じられていたら、相手との約束を守っているか、こまめにチェックすることをおすすめします。

真実を告げ誠実である

基本的に真実を告げること、つまりは誠実であることがとても大事です。これは「ばか正直でありなさい」ということではありません。先ほども述べたように、「ほらを吹く」ことも場合によっては必要です。また、取引先とのかけひきで、はったりを言うこともあるでしょう。 ただし、根本の部分では誠実さが絶対に必要である、ということです。人間の心は完璧ではありません。様々な葛藤があります。しかし、最終的には「信」を選ぶことが大事なのです。

「信」を重んじた文学作品「走れメロス」

友情をテーマにした、太宰治著「走れメロス」の話は、小さい子どもでも知っている有名はストーリーです。友情を語った美談としてあまりにも有名で道徳教育にも使われていますが、メロスが親友を助け出し王様も改心するラストに比べ、走る途中のメロスの心の葛藤はやや印象が薄いかもしれません。 メロスは川の氾濫や山賊の襲来にもみまわれましたが、メロスと通して人間の心の弱さも描かれています。それらを乗り越えて、「友達を救う」という決断をメロスは最終的に行ったのです。

「走れメロス」(太宰治著)

メロスもあなたと同様、普通の人にすぎません。あなたも心がくじけることはあるでしょう。でも、なんとしても経営者としての仕事をやりとげる、その決意が最終的に揺らがないのであれば、経営者の資質があるといえるでしょう。

時間管理の大事さ

「信」を実現するためにとても大事なことがあります。それは、正しい時間管理です。経営者としては自社のことだけでなく、様々な会合への出席や金融機関、士業との契約、冠婚葬祭など非常に細かいスケジュール管理が必要になります。それらを滞りなく実現するために、時間管理のプロになりましょう。

大きな石と小さな石

バケツに大きな石と小さな石を入れるという演習をごぞんじでしょうか?全ての石がぴったりバケツに入るはずなのですが、ほとんどの人はまず小さな石を入れてその後に大きな石を入れて失敗してしまいます。しかし、大きな石をまず入れ、小さな石をその隙間に入れると、ぴったり入るのです。

これは、時間管理方法として「7つの習慣」著者のスティーブン・R・コヴィー氏が考案した方法です。まず、大事な用事を先にスケジュールに入れなさい、という教えです。会社の方針の決定、予算数値の作成、規約作り、コンプライアンスなどの後回しにしてはならないことは優先的にスケジュールに入れましょう。

無駄な時間の見直し

次に、徹底的に無駄な時間を減らしましょう。

会議・ミーティング:無駄な会議は時間の無駄のさいたるものです。顔合わせだけの無駄な会議は廃止するか回数を減らしましょう。また、会議の進行をスムーズにするための事前の根回し、資料の事前配布などを徹底しましょう。

待ち時間空白の時間がないか、よくよく見直してみましょう。仕事と仕事の間の待ち時間、無駄にすごしていませんか。どうしてもそのような時間が発生するのであれば、その時間に読書するなど有効活用しましょう。

・研修:社員研修についても役割分担すべきです。小さな会社では経営者自らが新人を研修する場合もありますしそれは良いのですが、全てをこなすのでなく研修担当を育てることが大事です。

雑事の委任:その他、経営者がやるべきでないこととして、書類のコピー、飛び込み営業マンへの対応、単純作業などがあります。そんなことは経営者本来の業務ではありません。

「忠」:真心をもって仕える(お客様に)

「忠」は忠誠心のこと

西洋的な忠誠心

儒教においても大事な「忠」ですが、イメージとしては西洋での王様と騎士に見られる忠誠の方がわかりやすいかもしれません。現在でもヨーロッパでは貴族社会の名残が生きていますし、それが社会に色濃く反映もされています。

「忠」は自発的な服従

誤解されやすいのですが「忠」は相手にただ服従することではありません。いやいや相手のいいなりになってしまうのは、奴隷と一緒です。そうではなく、相手に尽くすことが自分にとっての喜びになる、そのように考えましょう。 権力者に忠誠を尽くすという本来の意味はそのようなことです。

戦争の時に主君のために喜んで命を差し出すという考え方は、「忠」が自発的であるからこそでてくる発想です。ですので、経営者が従業員に対して「おまえが会社に忠誠を尽くすのであれば、この汚職の罪を代わりにかぶってくれ」などと強要するのは「忠」の誤ったとらえかたなのです。

「忠」が経営者にとって必要な理由

「忠」は従業員が経営者に対して抱く考えなので、経営者には必要ないのでは?と考えるのは早計です。経営者も、お客様に仕えている、という発想が必要なのです。利欲にとらわれることなく、自発的にお客様に忠誠を誓う、その考え方を持つことが経営者として一流であるか否かの分かれ目になります。

さらに言えば、従業員に対する「忠」の心も大事です。これは、会社が従業員一人一人が働くことによって利潤がうまれているのだということを理解しているかどうか、ということです。そのような謙虚さが経営者の資質なのです。

「忠」を重んじた企業「リッツカールトン」

世界規模のホテルブランドである「リッツカールトン」。日本にも東京、大阪などに存在します。そして、リッツカールトンは、顧客に対する徹底したサービスを行うことで、高額な宿泊料でありながらリピーターと口コミのみで広告宣伝をほぼ行わずに安定した集客に成功しています。

リッツカールトンのサービスで学ぶべきは「先読みのサービス」です。宿泊客の望むことを予測して提供するだけでなく、それ以上のサプライズもするのです。宿泊客の要求に「めんどくさいな」などと思いつついやいや応える態度とは対局だと言えるでしょう。そして、そのようにお客様に忠誠を誓うという企業理念は、トップが率先して行わないと成り立ち得ないのです。

「孝」:先人を敬う、温故知新

親孝行の「孝」

親を敬うことの大事さ

儒教においては、古くから「親に従う」という考え方が大事でした。親子の結びつきは多くの国で重視され、ています。簡単に言うと「親孝行=孝」です。これは、一つ前の「忠」と対立する場合があります。上司に対する「忠」と親に対する「孝」のどちらが大事かと言うことです。日本では統治上の問題から「忠」の方が重視されてきました。

尊属と卑属

また、明治以降では国家に対する「忠」を浸透させた上で親を「尊属」、子を「卑属」と呼び、親の方が絶対的に上であるという考え方が生まれ、現在でもその用語や考え方は一部で残っています。

先人を敬う、という意味での「孝」

上記のような問題がありつつも、親や祖父といった祖先を敬う心は間違いではありません。経営者としても親や祖父などから家業を受け継がれる方もいらっしゃるでしょう。それらの先人を敬い、どのような経営を行ってきたかを謙虚に学ぶことができるかどうかが、自分の経営者としての適正にもつながります。

「孝」が経営者にとって必要な理由

時代の移り変わりがとても早く、数十年、それ以上続いた会社がどんどん廃業している昨今ですが、それだからこそ伝統や歴史は大事にすべきです。「温故知新」という有名な言葉がありますが、これも論語の言葉です。「歴史を学ぶことでそこから新しい発想を得る」という方法は、2000年以上も前から行われていたのですね!

もしあなたが親族から経営者を継ぐなど、すでに参考にすべき対象があるのであれば、今日からでも過去の伝統や歴史などをふりかえってみましょう。今の時代にマッチする新たな方法が見いだせる可能性があります。 そのような対象がもしなくても、や、インターネットオーディオブックなどを通じて過去の優れた経営者の勉強をすることはいくらでも可能です。

「悌」:強い仲間意識

By: slayer

「悌」とは横のつながり

兄弟愛

「悌」は、家族の中での兄弟、姉妹の結びつきを意味します。また血縁者だけでなく、義兄弟も含みます。義兄弟で有名なのは「三國志演技」の主人公、劉備玄徳、関羽雲長、張飛益徳の「桃園の契り」でしょう。日本でも任侠の世界では義兄弟として盃をかわす風習は現在にも残っているようです。

水平的な人間関係

この「悌」は、「忠」や「孝」のような上下関係ではなく、水平的な横のつながりになっているのが特徴です。もちろん「兄と弟」という上下関係はありますが、「君主と部下」や「親と子」よりはゆるやかな関係といえるでしょう。

「悌」が経営者にとって必要な理由

「悌」は、本来の兄弟愛から義兄弟のつながりから転じて、企業内部での人間関係に応用できる考え方です。強固な絆が結束力や連帯感を生みます。そのためには、経営者が意図的に従業員に「悌」の心を植え付ける必要があります。 なぜなら、近年では「一人っ子」「鍵っ子」が増えており、人と深いつきあいをするのが苦手な若者が増えているからです。さらにスマホのメールやSNSなどでたいていのコミュニケーションができてしまうため、相手と面と向かって会話をするのが苦手な人もとても増えています。

従業員に「悌」を教え込む前提として、経営者であるあなた自身が「悌」を理解していなければなりません。いわゆる面倒見の良い「兄貴肌」「あねご肌」の方であれば、資質ありといえるでしょう。もし自信がなくても大丈夫です。以下に「悌」を育む具体的な方法2つをお教えします。

「悌」のはぐくみ方の具体例

その1 アイスブレイク研修

アイスブレイク研修とは、見知らぬ者同士がお互いのことを知り合うための研修で、新人研修で特に有効です。従業員同士を知り合うために定期的に社内研修に取り入れても良いでしょう。特に日本人は初対面同士がうち解け合うまでに非常に時間がかかってしまうため、大事な研修です。

アイスブレイクをスムーズに進行するための準備

1.目的の確認

2.掲示物の掲示で解りやすくする

3.参加者の人数、年齢構成、男女比などを調査

アイスブレイクの進行方法

パターン1:車座になって座る「チェーン術」

パターン2:1対1の「ペア術」

パターン3:集団での出会いを促す「ワークショップ術」

アイスブレイクの具体例

例1.他己紹介:まずペアを作り、お互いに自己紹介をします。その後、今度はお互いが相手のことを紹介するのです。相手のことをより深く知る目的です。

例2:仲間探し:司会が「今から自分が言ったテーマで仲間を探して下さい」と呼びかけます。例えば「同じ出身地」と言えば、同じ地域で生まれた仲間を探すのです。気軽に相手に話しかけることができますし、営業で見知らぬ人に声をかけるトレーニングにもなって、一石二鳥です。

その2 飲みニケーション

最近の若者は、上司とお酒を飲みに行くいわゆる「飲みニケーション」を敬遠しがちです。上司からのお説教や仲間同士の愚痴の言い合いが嫌、というのが主な理由のようです。しかし、横のつながりを深めるという意味でみなおされつつあります。

解決策の一つとして、仕事帰りの夜ではなく、ランチタイムに(もちろんノンアルコールで)親睦会のような形で行う新しい「飲みニケーション」があります。これだと時間の拘束もそれほどなく、費用もたいしてかかりません。一緒に料理を作るなどして親密度を深めるなども良い方法でしょう。

「勇」:勇気・決断力

リーダーにこそ必要な「勇」

リーダーは先に行く

「Leaders Go First.」(リーダーは先に行く)という格言があります。あなたが経営者であるならばリーダーであるべきです。経営にとって大事な決断や行動はリーダーが行うべきことです。もしそれらの決断や行動を部下にまかせてばかりいるのであれば、真のリーダーとは言えません。そしてそれらの決断や行動をするために「勇」が必要なのです。

ルビコン川を渡る

ある重要な決断をすることを「ルビコン川を渡る」と言います。これは、古代ローマのユリウス・カエサルが大軍でルビコン川を渡り、後には引けない状況を自ら作り出した故事にちなんでいます。 どんなに「勇気をもたなくては」と頭の中で考えても、どうしても足を一歩踏み出すことができない、そんなこともあります。しかし、思い切って行動してみれば覚悟が決まるものです。ですので、「勇」は必ず行動と結びついています。もし自分には「勇」がないのでは?経営者に向いていないのでは?と思い悩んでいる時間があれば、その時間を行動に変えてください。

「勇」が経営者にとって必要な理由

時代の変化がとても激しい時代です。コンピュータ化や通信技術の発達から、4年前の知識はすでに通用しないとさえいわれ、経営者としては常に時代の最先端をとらえ、自社の商品やサービスを進化させる必要性に迫られています。 そこで、従来の方法のままでいくのか、それとも変化させるのか、経営者として「勇」が試されます。その判断を見誤ってしまうと、あっという間に業績が悪化し、廃業の憂き目にあってしまうのです。

パソコンを例にすればわかりやすいでしょうか?半導体の小型化で高性能でありながら軽量化がなされ、年々モデルチェンジでより安くて高性能なパソコンが手にはいるようになりました。しかし、いまやスマホやタブレット端末に需要を奪われ、パソコンは不要という家庭も増えています。こういった変化がほんの数年サイクルで起きてしまうのです。 そんな時代にあっても、おそれない心をもつことが経営者には求められるのです。その理想像を日本の戦国時代の武将を例にしてご説明しましょう。

「勇」を重んじた武将「武田信玄」

優れたリーダー武田信玄

武田信玄は日本の戦国時代でも最も有名な武将の一人です。武田軍は戦国時代最強とも言われていましたが、それは信玄という優れたリーダーがいたからこそ成り立っていたのです。事実、信玄の病没後の武田軍は連戦連敗で、歴史から姿を消すことになってしまいました。 その理由は、織田信長などライバルの台頭ということもあるでしょうが、それ以上に武田信玄のもっていた「勇」の気質にあると思うのです。現代に武田信玄が生きていたら、とんでもない経営者としての才覚を発揮していたかもしれません。それを象徴するのが武田軍の旗印にかかれていた「風林火山」の4文字です。

風林火山の真の意味

実は「風林火山」とは、「孫子」の文章を部分的に引用したものです。そして、武田軍の軍隊の動きを端的に表現しています。意味としては、「風のように速く移動し、林のように相手にさとられることなく悠然とし、火のように激しく侵略し、山のように陣形を崩さず安定している」というような意味になります。 そして、これらは全て「勇」がもとになっていることにお気づきでしょうか?

これとは逆にあわてふためいている場面を想像してみましょう。移動はままならず、あわてているために相手に行動は筒抜け、攻撃力も損なわれ、陣形はばらばらで自滅してしまいそうです。その違いは「勇」があるかないかなのです。くりかえしになりますが、「勇」とはおそれない心のことです。

信玄対謙信の一騎打ち

武田信玄の最大のライバルといえば、そう上杉謙信です。信玄と謙信は5回にも及ぶ「川中島の合戦」で覇権を競い合ったと言われています。その4回目の川中島合戦では、銅像にもなっている「信玄と謙信の一騎打ち」がありました。その戦では上杉軍が攻勢を強め、ついには大将の謙信が武田信玄の本陣にまで迫り、信玄に斬りかかります。それに対し、信玄はもっていた軍配で謙信の剣を受け止めたのです。

これが史実かどうかはともかくとして、このシーンは信玄の「勇」をあらわしています。この場面、信玄にとっては絶体絶命のピンチです。このときあわてふためいて逃げようとしたら、殺されていたでしょう。悠々と軍配で受け止める、これにこそ信玄の「勇」が現れているのです。

あなたも経営者として経営上のピンチは何度かむかえることでしょう。給料が支払えない、税金が支払えない、取引先から告訴されたなどなど。そのたびにあたふたしてはいけません。ピンチの時こそおちつく、それが大事です。カエサルや信玄の場合と違って命を奪われる、という状況はめったにないでしょうから、まず深呼吸して状況を見極め、それから勇気をもって判断を下すようにしてみましょう。

「勇」と「無謀」「無茶」は区別すべき

「勇」はとても大事ですが、「無謀」や「無茶」とははっきり区別しなければなりません。経営者であれば従業員やその家族の運命、さらには顧客の信頼なども担っていますので、慎重さも必要です。 夏目漱石の小説「坊ちゃん」の主人公のように「親譲りの無鉄砲」であってはならないのです。主人公が四国の教師に赴任して様々な騒動を巻き起こし、それがおもしろさも生んでいるのですが、見方を変えればトラブルメーカーです。一新米教師ならともかく、経営者としてはとるべき態度ではありません。

そのために大事なのは、情報収集力です。できれば数字に強いとなお望ましいです(ちなみに「坊ちゃん」の主人公も数学教師だったのですが・・・)。情報収集の方法はいくらでもあります。Googleで検索するのは常識として、複数の信頼できる情報収集元を確保しておきましょう。

「やらない」決断

「勇」とは、なにかをやりとげることだけを意味するのではありません。時には「やらない」という決断も「勇」の一種なのです。「三十六計逃げるにしかず」という格言がありますが、勝ち目のない戦は思い切って引くのも「勇」です。

「三十六計逃げるにしかず」の意味

経営者としてとるべき理想的な態度は、「一番大事なことに全力を尽くし、二番目以降に大事なことは捨てる」です。圧倒的に競合他社に売り上げや利益で優位に立っているのでない限り、「一番大事なこと」にフォーカスし、それを徹底的に磨き上げることが、変化が激しい現代で生き抜く最良の策だと考えられます。

「和」:和をもって尊しとなす、コミュニケーション、共感(エンパシー)

最も日本人好みの「和」

「和」は日本を象徴する言葉

「和風」「和食」など、「和」は日本そのものを表す言葉です。儒教にも「和」が大事であるという表現は存在しますが、「礼」を実現するために「和」も必要、というような補助的な考え方です。それに対し、日本では「和」が大事にされてきました。その理由として、中国が多くの民族が陸つながりで侵略を繰り返してきた歴史をもつのに対し、日本が島国で独自の「村社会」を作ってきたことが挙げられるでしょう(その弊害として「村八分」という風習があるのは先述の通りですが)。

和をもって尊しとなす

聖徳太子は実在しなかったという説が有力になってきたため、最近の教科書では聖徳太子が登場しなくなったそうですが、聖徳太子はいたという前提で、聖徳太子の作成した「十七条の憲法」にある「一にいわく、和をもって尊しとなし・・・」という条文は多くの人がご存じでしょう。みんなが仲良くやり、いさかいをおこさないようにしましょう、という教えです。この考えは今も色濃く生きています。

談合社会と「和」

「和」を重んじる傾向から、日本では中国や欧米のような大陸社会に比べて、武力ではなく話し合いで物事を解決する文化が歴史的に続いてきました。その影響もあり、談合=話し合いで様々な取り決めを行う商習慣もあります。しかし、それが競争入札者同士が落札者と前もって入札価格を決める意味での「談合」となり、それがしばしば不公平な競争であるということで社会問題にもなっています。

ここで問題になっているのは、「談合」によって自由な競争が阻害されていることです。たとえれば、くじびきをするときに、事前に当たりくじをぬいておいて、話し合いで決めた人に当たりくじをあげるような行為です。「和」は競争主義や合理主義と矛盾する場合もあることを知っておきましょう。

「和」が経営者にとって必要な理由

相手とトラブルを起こさないWin-Winの関係を築くという意味で、「和」は経営者に欠かせない資質です。特に日本において日本人を相手に商売をするのであれば、「和」の心は絶対に必要です。日本式コミュニケーションの基盤にもなっているからです。

日本式コミュニケーションとは「空気を読む」「あうんの呼吸」「ツーと言えばカー」など、まず相手と波風を起こさないような関係作りをするということです。そこから、商取引に接待が欠かせない、という文化に発展したのかもしれません。そのことの是非はともかく、相手と友好的な関係を築くという性格は経営者に必要な資質です。

「和」を重んじた元日産社員「水野和敏さん」

水野和敏さんをご存じでしょうか?元日産の社員の水野和敏さんは、「日産GT-R」の開発に携わり、レース界ではかなりの著名人なのです。そして、その「日産GT-R」開発に当たって「和」を実に巧みに使ったのです。

水野和敏さんについて NAVERまとめ

数多くのレースで優勝した「日産GT-R」の開発に当たって、どれだけ多額の予算と専門家集団を費やされたと思われますか?実は、「日産GT-R」を開発したのは派遣・出向社員を含む素人集団。しかも、弱小のため撤退寸前で予算もさらに大幅に削られている状況でした。プロ野球のチームに対して無名の若者や引退寸前の選手を集めて戦うような状況だったのです。

本質主義

そんな中で水野和敏さんが成功した要因は、「本質主義」と呼ばれる方法の採用でした。水野和敏さんは「本質にこだわれば、人・物・金の全てが半分で済み、結果は2倍になる」と述べています。あなたの会社が半分の従業員や施設設備、資金で経営をして利益が2倍に増えたとしたらどうでしょう?この水野和敏さんの「本質主義」はぜひ学ぶべきでしょう。以下に「本質主義」の3つの要点を挙げますので参考になさってください。

1.素人主義:スポーツカーに関して素人集団だった開発チームが成功した要因は、「素人だったから成功した」のです。なぜなら、素人は「己を捨てる」ことができるからです。エリートは自分が優れているから一人で何でもやろうとしがちです。その結果、「和」の心が育たず、個々が勝手に仕事を行うことでチームとして機能しにくいのです。

2.失敗歓迎:日本の文部科学省教育は「失敗を許容しない」という弊害を未だに克服できていません。受験に失敗したという理由で命を絶つ若者が数多くいること自体がそれを裏付けています。失敗やミスをおそれると、大胆な仕事ができませんし、リームワークも育ちません。あなたが部下の細かなミスをチェックしてばかりいるのであれば、あらためるべきです。

3.人を「能数」と数える:多くの日本企業では、従業員のことを「工数」と数えます。それに対し、「本質主義」では、従業員のことを「能数」と数えるようにしています。たかが呼び名だと軽く見ない方がよいです。本当に働いている従業員を大事にしているのであれば、呼び名にも気を遣うべきなのです

まとめ 経営者としてスキルアップするために!

歴史からビジネスのヒントを学ぶことはとても大事です。論語などは以前は暗唱や朗読が学校教育で行われていましたが、その習慣も廃れてきました。日本に比べ海外では、子どもの頃から自分の国の神話や伝承を読む習慣が残っている国が多いです。日本にも優れた神話や文学などがありますし、その中には多くの教訓が含まれていますので残念なことです。

そのような状況を危惧し、「声に出して読みたい日本語」(斎藤孝著)が出版されてシリーズ化してヒットしています。その影響か、多くの子どもに暗唱や朗読の習慣が根付いているようです。あなたも経営者であれば、子ども達に負けずに歴史からビジネスのヒントを学ぶととても良いと思いますよ。

「声に出して読みたい日本語」(斎藤孝著)

そして、経営者の資質を自己チェックされたら実際に経営者としてのスキルアップをはかりましょう。この記事では資質や心構えに重点を置いて説明して参りましたが、会社経営するにはお金の動きを管理し、活用していく必要もあります。せっかく経営者としての10の条件にあてはまるのにお金が足りない、という理由で経営者としての適正を発揮できないのは非常にもったいないです!

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